2003年1月22日02時06分(世界標準時)に、メキシコのコリマ州で大きい地震が発生しました。地元のコリマ州はじめ隣のハリスコ州とミチョアカン州では、約50秒間続いた強い震動で15,000戸を超える住宅が被害を受け、このうち3,000戸以上が大破したり一部は倒壊したりして、死者29名、負傷者約400名という大きい被害が出たと報道されています。また各地で地すべりが起きたり道路がこわれ、海岸に近いところでは地面の液状化現象も起きたとのことです。
この地震のマグニチュードはアメリカ・ハーバード大学の観測ではMw7.4、国立地質調査所の発表では7.8となっています。震源の位置はいくつかの機関の発表で少しずつ違いますが、地元コリマ大学の地震観測網が決めた北緯18.625度、西経104.125度、深さ18-20kmという位置が今のところ最も確からしく思われます。
この地震後、2月5日までの2週間にマグニチュード3.7以上のやや大きい余震が32回、さらに19日までの2週間には7個の余震が観測されました。このうち最大のものはマグニチュード5.8でしたが、被害は報告されていません。その後、余震の活動は急速に減少しています。
図1は今回のコリマ地震によるメキシコ各地の震度分布*です。震央に近いコリマ市では震度[、北西約55kmのマンサニージョ市でもZから[でした。マンサニージョ市の海岸の地盤の弱いところでは、水平動の最大加速度413ガル、上下動187ガルという強い震動が観測されました。またここでは地震発生から約8分後に振幅約1mの弱い津波が到来しました。一方、震央から約540km東にある首都メキシコシティでは、約30秒間続いた周期2-3秒の大きい横揺れのためにパニックになった人達もあったようですが、幸い被害は殆どありませんでした。
図1 2003年コリマ地震の際のメキシコ南部各地の震度分布。この震度は改正メルカリ震度によっています。震央に近いコリマ市やテコマン町では震度VIII、メキシコシティでは震度Vでした。
この地震による被害は震度Y以上の地域に集中しています。この地域でははじめに述べたように、15,000を超える住宅が被害を受けましたが、このような被害の大部分はメキシコや中南米に特有の家屋の構造によるものです。都市部から離れた地方では、アドベ住宅と呼ばれる、補強支柱のない石造りあるいは煉瓦積みの住宅が多く、地震による強い震動には極めて弱い構造だからです。ただ多少でも補強がある場合には被害は軽微で、鉄筋構造やコンクリート補強のある大型建造物の被害は全く報告されていません。
図1の震度は震央から遠くなるにしたがって減少しており、地震動の加速度が距離とともに減衰して行くことを示しています。震央距離800kmで観測された加速度は2ガル以下でした。首都メキシコシティでの震度が周りに比べて大きいのは、この付近が昔の湖を埋め立てた弱い地盤であるため、地震波が増幅されるためと考えられています。
図2 メキシコ南部の太平洋岸にあるプレート沈み込み帯の中央アメリカ海溝(MAT)と近年の大地震。ココス・プレートとリベーラ・プレートの2つの海側のプレートが陸側の北米プレートに衝突していますが、矢印は海側のプレートの進む方向と1年間の進行速度を示しています。年号を入れた楕円形の地域がこの境界で起こった大地震の震源域(断層が破壊した地域)を表わしています。2003が今回のコリマ地震の震源域です。
メキシコ南部の太平洋岸の沖合には、西北西から東南東方向に長さ約1,000kmにわたって、中央アメリカ海溝(MAT)とよばれるプレートの沈み込み帯が伸びています。ここからココス・プレートがメキシコ大陸をのせた北米プレートの下に沈み込んでいるために、長くのびる海岸沿いの各地域にこれ迄にも何度も大地震が発生してきました(図2)。1985年にメキシコシティに大きい被害を出したマグニチュード8.0のミチョアカン大地震がこの1つの例です。この図の中の楕円形の場所は、これらの大地震の震源域(断層が破壊した地域)を表わしており、この大きさはその時の余震が起こった地域や震度分布から推定されたものです。今回のコリマ地震が起きたのは、このプレート沈み込み帯のなかでも西北西の端に近いところですが、この付近では、すぐ西側に隣接するリベーラ・プレートと呼ばれる小さいプレートが東北方向に進んで北米プレートと衝突しており、上の3つのプレートが出会う複雑な構造を持った場所です。
この地域では20世紀に入ってから次のように大きい地震が起こっています。1932年6月3日にはマグニチュード8.2で震源域の長さ220kmという巨大なハリスコ地震と、その半月後の6月18日にはマグニチュード7.8の大地震がすぐ南東に隣接して起こりました。この2つはリベーラ・プレートの沈み込みによって起こったものと考えられています。さらに63年後の1995年10月にはこの2つの地震の震源域に重なるように、再びマグニチュード8.0のコリマ・ハリスコ大地震が発生しました。この1995年大地震の震源域は、余震が起こった面積から170km×70kmという広い範囲に及んだと推定されています。この震源域からさらに東南へ約60km離れたところでは、1973年にマグニチュード7.5の地震、さらにその東南では先の1985年ミチョアカン大地震とその余震の1986年地震が起こっています。この結果1973年と1995年の2つの地震の震源域の中間が、まだ地震が起こっていない空白域として残っていました。今回の2003年コリマ地震の震源域は、地震波の解析や余震が起こった面積から、半径約30kmのほぼ円形の範囲(図2)と考えられます。この範囲は、これまで残っていた上の空白域の一部だけではなく、1932年と1995地震の震源域東南の一部まで拡がっています。しかし1995年地震の震源域と比べるとかなり小さく、やや小型の地震だったといえるでしょう。なおこのような空白域はゲレロ地方(図2)にも残っており、ここでは1911年以来大きい地震が発生していません。将来ここに大地震が発生することが心配されており、これに備えて加速度計観測網やGPS観測網などが設置されています。
今回のコリマ地震は、地元のコリマ大学地震観測網のほか、メキシコ国立自治大学地球物理研究所の広帯域地震観測網や、世界各地の地震観測点で観測されました。今後このような観測結果の詳しい解析などを通じて、今度の地震の全体像が明らかになるものと思われます。
(メキシコ国立自治大学地球物理研究所 三雲 健)
*
外国で使用されている改正メルカリ震度階級の震度VIIIは、気象庁震度階級の震度5にほぼ相当します。